びるとぴんキィの
ドリーム・サーフィン

8. 若手No1 バリニーズ・プロサーファー リザール・タンジュン


今回からこのドリーム・サーフィンをお手伝いすることになった「ぴんキィ」だよ。びるあにぃの妹分なの。もちろん、ばりばりのサーファー♪ びるあにぃと交代で、バリのサーフィンのこと書いちゃうからよろしくね。

 リザール・タンジュンって名前を聞いたことあるかな? YUっていうサーフボードの会社の広告に出てるコって言えば、みんなわかる? バリのサーファーの中でもNo.1と言われている世界レベルの実力派サーファーなんだ。今日は、このリザールのお話だよ。

 リザール・タンジュンは、1975年11月23日生まれの25歳。男ばっかの6人兄弟の5番目に生まれたんだ。彼が子供の頃、お母さんがジャラン・レギャンでレストランを経営してたのね。今のマタハリ・バンガローの近くだったんだけど、なんっつったって男の子ばっか6人もわさわさいたら、かなりうるさいじゃない? それで、おきまりの「外で遊んできなさい」になるわけ。彼は外に出ると、ビーチまでまっしぐらに走っていったらしいよ。ここから彼のサーフィンが始まったんだ。
 彼らの先輩に、バリバレルというサーフショップを経営するカトゥ・メンダというサーファーがいるんだけど、当時リザールはこのメンダから古いボードをもらったんだって。メンダは、リザールのお兄ちゃんの友だちだったからね。このへん、やっぱり環境的にかなり有利だったよね。こうして、リザールは11歳の時から毎日毎日サーフィンに明け暮れていたの。あ、でも、サーフィンの後は、メンダのバリバレルでちゃーんとアルバイトもしてたっていうから、やっぱ、若いっていうか、タフっていうか、だよね(あたりまえか)。

 サクセスする人って、周りの環境や人間に恵まれてる人が多いよね。リザールもそのひとりなんだ。メンダはもちろん、マデ・スイトラという優れたサーファーとの出会いも、彼のサーファー人生に大きな影響を与えてくれたのね。
 「13歳〜17歳までの約4年間は、兄貴分のマデ・スイトラに毎日サーフィンにつれていってもらった。スイトラのバイクの後に乗せてもらってね、ウルワツでもチャングーでもどこでも行ったよ。彼は素晴らしいサーファーでもあるけど、素晴らしい先生でもあるんだ。彼に『大丈夫、乗れるよ。恐くなんかないよ』って言われると、まるで魔法にかかったように、本当に恐くなかったし、乗れたんだ。楽しい毎日だったな」
 やっぱり、目上の人にかわいがれるっていうのも、大事なことだよねー。

 そして、17歳でプロとしてデビュー。初めての外国オーストラリアに行き、プロジュニア戦に参戦したのね。1回戦で負けちゃったけど、この時の経験をうまく活かして、彼は世界シーンにどんどん頭角をあらわしていったってわけ。
 「オーストラリアは、きれいだったけど寒かったよ。むこうの方がサーフィンの歴史が長い分、うまいサーファーも多いし、いい勉強になったね。でも、波はバリの方がいいよ」

 それからは、プロとして、インドネシア国内はもちろん、世界各地に遠征してった。一番思いでに残っているのは、どの大会かな?
 「97年にスンバワ(インドネシア)で行われたWQSコンテストのドンプー・オープンだね。スリースターで、レベルの高い大会だったんだけど、この時に優勝できたのが一番嬉しかったな。それと、95年に新島であったWQSでの優勝かな。日本にはプロモーションや大会に出るために6回くらい行ったよ。ラーメンとカレーが美味しかったなぁ。今でも大好きなんだ。あ、バリでゴールデンカレーを売ってるとこ知らない?」
 カレーのメーカーまで指定するとは、かなりのツウとみたね。でも、なんで大会の話がカレーになっちゃうんだろう?

 世界中の大会を渡り歩いたリザールだけど、2年くらい前から、そのサーフ・スタイルが変ったの。それは、大会メインのスタイルからビデオや雑誌の仕事メインに切り替えたってこと。
 「大会っていうのはさ、波が良くても悪くても乗らなきゃいけないよね。確かに、優勝すれば嬉しいし、サーファーとしての価値もあがるけど、それだけなんだ。僕はね、そうじゃなくって、もっとサーフィンを楽しみたいんだ。大会にとらわれたくない。だから、今は、ビデオや雑誌のサーフトリップ特集なんかの仕事をメインにしてる。そういう仕事は、良い波を追っかけていくだろ? つまり、いつでも良い波でサーフィンが出来るってことなのさ。これは、めちゃめちゃ楽しいよ」
 ・・・確かに。こういうのって、やっぱり、大会で頂点を極めた人が言うと、めちゃめちゃかっこいいし、うらやましいよね。

 最近は少なくなった大会出場だけど、出れば優勝するっていうのも、これまたスゴイ。6月にウルワツで行われたアロハ・ガルーダカップの日本・インドネシア親善試合でも、並みいる強豪を押さえて優勝したんよね。なーんか、かっこいいとこ全部持ってかれちゃってるってカンジやねー。ニクイねー。

 じゃあさ、世界中の良い波を追いかけて行った結果としては、どこの波が一番良かったんだろうね。
 「世界一はインドネシアだよ。中でもバリのパダンパダンが一番好きだな。ハワイはね、カメラマンがずらーっと並んでいて、まるでハリウッドでしょう? 確かにサイズは大きいけど、質から言ったらバリの方が上だね。 だから、有名になりたかったらハワイへ行くといいし、良い波に乗りたかったらバリへ来るといいよ。バリの波は最高だからね」
 それって、まるで「青い鳥」のチルチル&ミチルみたいだね。求めていたものは、自分の家の裏庭にあった・・・ってカンジじゃない?

「サーフィンって、麻薬と一緒だと思う。やってもやっても、もっとやりたい。どんどんハマっていくんだ。波は毎日違うから、毎日新しいチャレンジが出来るしね。本物の麻薬より、よっぽど健康的だろう? みんながサーフィンをすれば、あんな麻薬なんて必要なくなるのにね(笑)」
 その通りっ!! だと、私も思うよ。その気持ち、私もわかるなぁ。
 「僕にとって、サーフィンは人生そのものなんだよ」こんな風に語ってくれたリザール。サーフィンばかりしているように見えるけど、実は、しっかりフィアンセもいる。チャンドラ・ゲーバー(22歳)とは、もう6年も交際が続いているんだ。そんなに長くつきあっているのに、いまだにラブラブのふたり♪ 見ている方が照れちゃうくらいのアツアツぶりを、しっかり見せつけてくれちゃうのよねー。

 サーフィンではチャンピオン、プライベートでも幸せぇ〜〜・・・なんて、うらやましすぎるゾ〜〜!! しかも、海を見下ろすバランガンの丘の上にふたりの新居が建築中なんて・・・。それも、3ベッドルームで、プール付の豪邸なんて・・・。しかも、そんなのをサーフィンの収入だけで建てちゃうなんて・・・。くぅ〜〜っ、しつこいようだけど、かっこよすぎだよぉ、リザール。

 「来年、新居が完成したら、結婚するの」
チャンドラが、こそっと教えてくれた。
 「僕はカトゥ・メンダやマデ・カシムのように、ビジネスでもサクセスしたいんだ。もちろん、サーフィンだけで生活出来るうちは、今のままサーフィンだけを続けていくさ。でも、歳をとって、それが出来なくなったら、ビジネスをするよ。その時のためのプランは、もうしっかりたててあるんだ」
 リザールだったら、きっとビジネスでもサクセス出来ると思うよ。ずっとトップを走り続けて、私たちに素晴らしいサーフィンと夢を見せてね。

Photo by John Hepler / Surf time Magazine (2ショット写真以外)