びるとぴんキィの
ドリーム・サーフィン
10. サーフリーダー マデ・スイトラ
やっほ〜♪ 今回は私、ぴんキィの出番だよ〜♪ よっしゃ〜待ってました〜、とばかりに、はりきっていっちゃおう。なんてったって、今回はスイトラくんを紹介しちゃうもんね。スイトラくんは笑顔がかわいーの。えへへ。たっぷりインタビューしてきちゃったよーん♪(役得だ〜〜)
1973年1月14日にクタで生まれたマデ・スイトラは、今28歳。クタのエアポート近くの家に、奥さまの純子さん、愛娘のエリカちゃん(4歳)、エミリちゃん(2歳)の4人家族で住んでいるんだよ。海の上では男らしいたくましさを見せてくれるスイトラも、家ではやさしい旦那さま&お父さん。海と家では、表情までぜんぜん違うんだから!! にっこり笑うその顔もナイススマイル〜〜!!
右から、スイトラ、次女のエミリちゃん、長女のエリカちゃん、奥さまの純子さん
スイトラがサーフィンを始めたのは、彼が8歳の時だったの。当時彼は、いとこのワヤン・ピッチャーというお兄さんにしょっちゅう海に連れていってもらってたのね。で、そのピッチャーがサーフィンをやっていたので、スイトラも始めるようになったってわけ。
元々スイトラのファミリーは「フィッシャーマン・ファミリー」だったのね。ひらたく言えば「漁師一家」ね。このファミリーってぇのが、み〜んなガタイが良くって、いかにも海の男たちってカンジなんだよ〜。だから、海には小さい頃から親しんでいたし、彼自身も海が大好きだったんだって。でも、3回くらい溺れかかったりしたもんで、お父さんから海禁止令が出てしまってたらしいよ。唯一、海行きが許されたのが、ピッチャーと一緒の時だけ。だから、スイトラはいつもピッチャーと一緒にハーフウェイとかレギャンあたりのビーチに行ってたんだ。
16歳の時には、サーフィン大会に出場するために日本に行ったの。これが彼にとって初めての外国だったんだ。
「3週間くらいの滞在だったんだけど、日本人のライフスタイルを見てびっくりしたよ。バリはなんでもゆっくりだからね。日本ってなんでもリズムが早いでしょう? 大変だなーって思った。一種のカルチャーショックだよね。それで、今までの自分はのんびりしすぎてたし、世界をまるっきり知らなかったっていうことに気がついたんだよ。この時に僕は開眼したんだ。だからバリに戻った後、ジムに通ったり、ジョギングをしたりして身体を鍛え始めたんだよ」
すごいなー。16歳でそういうことに気がついちゃうなんて、やっぱすごいや。それに、気づいたことをすぐに実行にうつすっていうのも偉いよねー。うっ、み、耳が痛い。見習わなくっちゃねー。
「そしてね、やっぱりハワイに行ってみたくなったんだ。で、日本のスポンサーに『ハワイに行かせてくれ』って言ったら、『大会に勝てばハワイ行きのチケットがもらえるゾ』って教えてくれたんだ。どうしても行きたかったから、がんばったよ。それで、2つの大会で優勝して、2枚のチケットをもらった。そのうち1枚を売って旅費にして、もう1枚のチケットでハワイに行くことが出来たんだ。嬉しかったなー」
ハワイでは、なんとあのジェリー・ロペスの家に泊まっていたんだって!! パイプラインのすぐ目の前にある家だから、ロケーションもサイコーだよね。
「それからハワイには8回くらい行ったけどね、ハワイはサーフィンの島だよね。僕はハワイでリアル・サーフィンを見たって思ったよ。大きくてパワーのある波に感動したんだ。ハワイで乗れれば、バリの波に乗るのなんてイージーなことだってね。でもね、ハワイはそんな波だから、スペシャルな人しか乗れないんだよ。レベルが合わない人は危ない。ハワイには初心者はもちろん、中級者が乗れる波もほとんどないからね。それに比べて、バリにはいろんなポイントがあって、いろんな波のサイズがあるでしょう? だから、誰でも自分のレベルに合わせたハッピー・サーフが出来るんだ。波の質はハワイに負けてはいないんだしね。そこがバリのいいところだと思うよ」
ところで、前々回のリザール・タンジュンのインタビューを覚えてる? あの時にリザールも言ってたけど、スイトラと一緒にサーフィンに行くと、普段は乗れないような、自分の実力以上の波に乗れちゃったりするっていう話をバリのサーファーたちからよく聞くんだよね。その辺、どうなんだろう? どうしてスイトラと一緒に行くとそんなことが出来るの?
「波に乗る時って、自分ひとりだといろんなことを考えちゃうでしょう? 『この波いけるかな? タイミングはずさないかな?』とか『なんかちょっと大きめかな? ちょっと怖いかもしんないな。次を待とうかな?』とかさ。迷いがあると、なかなか上手く乗れないよね。だから良い波が来た時は、たとえそれが大きくっても、一緒に行ったヤツに向って『ゴー、ゴー!!』って叫ぶんだ。そうすると、いろんな考えが吹っ飛んで集中出来るでしょ? 集中さえ出来れば、きっと乗れるんだよ。僕も昔そうだった。ピッチャーが『ゴー、ゴー!!』って言ってくれた時は、普段は乗れないような波にも乗ることが出来たからね」
う〜〜〜ん、なぁるほどぉ〜〜、そういうわけだったんだ。ナットク。でも、なんだかそれだけじゃないような気もするなー。なんて言うか、スイトラ・マジックみたいなもの? 同じ「ゴー、ゴー!!」って言ってくれるにしても、他の人とは違う、なにか言葉にパワーがあるような気がするんだよねー。
サーフィンの時って、普通はみんな自分が乗ることしか考えてないじゃない? でも、それはあたりまえのことだよね。だって、海の中っていう、一歩間違えれば危険な場所だもの。自分のことだけで精いっぱいなのって、やっぱ普通だよ。ところがスイトラの場合は、そんな状態でも他人の事を考えられるんだよね。それはもちろん、海の中で彼にそれだけの余裕があるからっていうのもあるだろうけど、それだけじゃない、めちゃめちゃ「男のやさしさ」ってヤツを感じるんだよね〜〜♪ だから、バリのサーファーたちにも信望が厚いんだろうね。
「僕はね、頑張ってる後輩を見るのが好きなんだよ。そういうヤツを見ると、いろいろ教えてあげたりして、応援してあげたくなるんだ」
ウ〜〜ッ、キミはなんて良いヤツなのぉ〜(涙)。それじゃあさ、これからも後輩を育てたいっていう希望とかあるのかな?
「僕の希望はね、インドネシアのサーフィンを大きくしたいってことなんだ。インドネシアのサーファーが世界の舞台に立っているところを見たいんだよ。だから、世界に通用するサーファー、WCTに入れるようなサーファーを育てたいんだ。そこまでのサーファーは、インドネシアにはまだいないからね」
そうだよね〜。私も見てみたいよ、それ。環境はこんなに良いんだからさ、きっと実現出来るよ。がんばってほしいな〜。私も子供のころからスイトラみたいな兄貴にサーフィンを教わっていたら、もっと上手くなってたんだろうな〜。スイトラに教えてもらえる子がうらやましいよ。
人を教えるのも上手いスイトラだけど、もちろん、彼自身も素晴らしいサーファーなのよ(知ってるとは思うけど)。いろんな大会で良い成績をあげているんだけど、その中でも一番思いでに残っているのは、1990年に日本の宮崎と新島で行われた世界選手権なんだって。その時には5位になってるんだよね。最近では、今年の6〜7月にインドネシアのサーファー全員が競い合ったクイックシルバーの大会でも堂々優勝を飾ってるし、28歳にしてまだまだイケてるってカンジだよね〜。
そうそう、一番好きなポイントもきいておかなくっちゃ♪
「サヌール・リーフ(ザ・グランド・バリビーチ沖)だね。バレルが長くて良い波だからね。あと、やっぱりパダンパダンも好き」
スイトラを見ていると、強さとやさしさを兼ね備えた男の理想ってカンジがする。他のサーファーのこともちゃんと見ていて、ひとりひとりの長所をきちんと評価しているんだよ。その長所をどうやって伸ばせばいいのかとかも、ちゃーんと考えてる。彼らがスイトラにアドバイスを求めれば、いつでも的確な返事が返ってくることは間違いないね。だから、WCTに入れるようなサーファーを育てるっていう夢も、きっと叶うと私は思うな。
それに、もうひとつ彼の偉いところは、自分のことももちろんしっかりやってるってとこだよね。彼はサーフィン以外にも、クタ・スクエアのすぐそばで「TRAS」というサーフショップも経営して頑張ってるんだよ。
スイトラ兄貴!! これからもかっこいいとこ見せてね〜♪ 期待してるよ〜♪ ・・・だから、今度私にもサーフィン教えてネ(笑)。
Surfing Photo by Jason Child