全身でグループを指導するクランチャ氏
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「ガムラン」とひと口に言っても、実はさまざまな種類がある。現在バリのガムランの大部分を占めるのが「ゴン・クビャール」と呼ばれるガムラン。「クビャール(稲妻/閃光)」の名を持つこのガムランはその名の通り、派手な力強い音色で人の意識を異世界に飛ばしてしまう。20世紀初頭にバリ島北部ブレレン地方で誕生し、その後またたくまにバリ島中を席巻した。
気候的に他の地域よりも暑く乾燥し、人々も情熱的、開放的であるという背景から産まれたゴン・クビャール。しかし、実は今現在バリで流通しているゴン・クビャールのほとんどは北部ブレレンで産まれたオリジナルの姿ではなく、南部で作り替えられたものである。バリ島南部は気候的にもウェットであり、文化的にもレゴン舞踊などの優美なものを好む傾向にある。その南部の優美な感性と融合したとき、それまで2本の柱に分厚い鍵盤を乗せているだけだった無骨なガムランが、レゴン舞踊の伴奏に使われていたガムランと同様の、上から鍵盤をつり上げるタイプのものに変えられた。ゴン・クビャールの音色を残しつつ繊細な演奏をも可能にしたこのガムランが以後南部では主流となる。やがて時はたち、バリの経済と観光の中心は北部から南部へとうつる。
現在、経済の大部分を観光に依存するバリ島では、地方の若者達が職を求めて南部の観光地に出て行ってしまうことが社会問題化しているが、ブレレン地方においても例に漏れず、さらにその影響は自らが産み出した「ゴン・クビャール」にまで及んでしまっている。オリジナルのゴン・クビャールの楽曲や演奏法を伝えられる人材がいなくなり、さらに近年の南部の発展を羨望するあまり、自らのオリジナルであるゴン・クビャールの楽器そのものを南部で作り替えられたタイプの楽器にしてしまう村が後を絶たない。このままではオリジナルのゴン・クビャールは遠からず伝説上のものとなってしまうのではないかと危惧し、この状況をプロジェクトとしてどうにかできないものかと、ブレレン地方ジャガラガ村出身の音楽家、イ・マデ・クランチャ氏に相談をした。クランチャ氏はゴン・クビャールの産みの親である人物を祖父に持ち、さらにその義兄は名曲「タルナ・ジャヤ」を創り、ゴン・クビャールをバリ中に広めた天才音楽家グデ・マニック氏という、まさにゴン・クビャールのサラブレッドである。氏の細い身体からは到底想像のつかないパワーと情熱でガムランの前に立ったとき、そのガムランはまさに「稲妻」となる。
今回、プロジェクトの予算をもとにクランチャ氏が特に近隣の村からメンバーを厳選し、オリジナルのゴン・クビャールを残すためのグループを立ち上げたと聞き、さっそくその練習をブレレン地方ベベティン村まで見に行った。まずは、その音色である。南部のゴン・クビャールでは到底得ることのできないヘビーな音。これを叩きこなすのに必要なのは「ブレレン」の魂である。クランチャ氏が一声、「ブレレン式で行け!」と声をかけたとたん、エネルギーが渦のようになって立ち昇るのが見えた。稲妻である。音が稲妻となり、聞く人間の脳を直撃する。南部のゴン・クビャールでは決して得られないこの快感。20世紀初頭にバリ各地の村で大切な古典的ガムランを溶かしてまでゴン・クビャールに作り替えたというその衝撃がこれで初めて理解できるのだ。無骨ではあるが、激しく、真っ直ぐ。いわばバリガムランの「ハードコア」である。
このオリジナルのゴン・クビャールを保存継承するためのプロジェクト。観光化には遅れをとったブレレン地方を活性化するためにも、他の観光資源と絡めつつ観光客誘致のためのプロジェクトに発展させて行こうと考えている。もちろん「ハードコア」ガムランのCD化も企画中である。グループはクランチャ氏の指導の下コンスタントに練習を重ねているので、もし北部地方に足を伸ばしてみようと思う方は、是非ベベティン村を訪ねてみていただきたい。20世紀初頭に人々を直撃した衝撃を体験し、新たなバリの魅力を発見できるだろう。
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