エイム インドネシア>道端の神々 〜幸運入門〜

11. どんな雨音を記憶していますか?


 「男性は悪女に惹かれる」という格言と同時に「女性は悪い男に惹かれる」というのもあるようだ。以前からインドネシアでも日本のテレビドラマをかなり流しているが、日本の複雑極まりない人間模様を表す恋愛トレンディドラマ(←今はもう死語?)をやっていたときのこと。現地の寮などでは女子大生たちがテレビの前に釘付けで見ていた。

 複雑過ぎる関係性にまず面食らう。主人公のA子は純粋で真面目な子。そして真面目な恋人B君がいる。しかし、時が流れていくうちに、その彼女は不良のC男に想いを寄せ、ついにはB君に別れを告げる。ここで皆からブーイングが起こった。全然納得がいかないと言うわけだ。理由はこうだ。
 「良い人は良い人とくっつくのが常識よね」
 この目からウロコが落ちるような正当理論に、日本のこの手のドラマで毒されていた私たち日本人は少なからず感動したものだ。勧善懲悪のような、なんともシンプルで潔いまでの健康な判断。少し単純すぎる気もしたが、たった六時間飛行機を乗っただけのここでは、女子大生たちにこういう観念がまだあるのかということを改めて知った出来事だった。

 さて、話は変わりますが、雨が続いていますね。
 今まであまり考えた事はないかもしれないが、雨音の表現は各国で違うらしい。日本では「しとしと」なんて言うが、スコールのある国の人にはそんな表現は理解できないそうだ。その地域にしたら、雨といえば「ゴォ―」なのだろう。

 以前、シンガポールのマンションの三階の部屋で寝ていたときのこと。夜中に騒音で目が覚めた。「パラパラパラパラ」と、まるでお米が大量に落ちるような大きな音が鳴り響いてる。何だろうと起き上がって家の中を見て回ってもわからない。しかし音は続いている。次第に頭がはっきり冴えてきて、その音が窓の外からしているのに気づいた。窓を開けたら、すごく大きな音でそのお米粒の音は聞こえていた。どこからしているのかすぐにはわからない。しばらく眺めていてハッとした。その音はなんと雨の音だったのだ。向こうのマンションの敷地内にはどこも大きな木が周囲に植えられていて緑の空間が造られている。雨はそれらの木に茂っている大きな葉々に落ちるため、そのような音なのだ。三階にいたから木が少し下にあったためにパラパラ雨音がよく聞こえていた。高層建築の上へ向かって辺り一面に大音量で「パラパラパラパラ」と響いているわけだ。原因がわかった私は改めて驚いた。だってそんな「雨の音」は生まれて初めて聞いたからだ。それまで日本の一軒家に住んでいた私は、雨の音とは屋根や窓にあたる音で記憶していた。

 そのときに思い出したのは、何年も前に読んだある画家のお話。その人は世界を回って子供達に絵の楽しさを教えている年配の白人画家だったと思う。彼は子供達が太陽を描く時に、国によって違う色を使うことに気づいた。ヨーロッパの国の子供達はオレンジ色に太陽をぬった。アジアの中でも日本の子供達だけは太陽を赤くぬった。この画家は子供達に実物を見て自分の目で確かめることを教えた。つまり子供達は「太陽はこの色」と観念でしか捉えていなかったわけだ。外に出て空を見上げた後、子供達は黄色や白っぽい色で太陽をぬった。変な色彩の絵に見えるが、それが子供達が実際に見たそこでの太陽だった。それを知った上ではじめて、クリエイティブに自分なりの色彩で豊かに自由に表現するということを教える。観念の枠を外してはじめて独自の創造性は培われていく。

 シンガポールのマンションに住んでいる人たち(この国ではほとんどがそうだが)は、雨の音というとあの「パラパラ」で思い出すのかもしれない。インドネシアではどこも天井が高いので、屋根に落ちる音ではない音で雨音を記憶しているかもしれない。アスファルトでなく土に落ちる地域では、更に違った音で雨音を覚えていることだろう。砂漠地帯は無音かもしれない。今これを読んでいるあなたの耳にはどんな雨音が聞こえていますか?

 バリでたくさん出会える不可解な状況。約束の時間に一時間以上も遅れて来た、とか、ちゃんと頼んだのに間違えられた、しかもフォローがない、とか、それらも今まで当たり前と思っていた観念が崩される経験だ。今日あなたはいくつの意外な観念崩しに出会いましたか? そんなときにイライラして視野を狭めないで欲しい。それは観念を崩すいいチャンスなのだ。何故なら、観念が強いとそれだけ狭い思考回路なので自分のイメージした枠を自分は超えることはない。ということは、これからもあなたが今イメージできる範囲内の人生になるわけだ。しかし観念を外すと、無限に広がる可能性や自由な力があなたの中に蘇ってくる。すごいことも起こりえる。そういうところに奇跡やサインはやってくる。成功者のほとんどは観念を外している。しかし「私、観念のない女なの」と言ったら、なんだかすご〜くいい加減でだらしない女のような気がするのは私だけではないと思う。なんか変だ。