エイム インドネシア>道端の神々 〜幸運入門〜

13. 譲らない心願成就


 先日東京のインドネシア大使公邸でファッションショーが行われました。ジョグジャカルタ王妃も王女を連れて来日されました。今回来日した著名デザイナー三名。バティックを現代風にアレンジした彼らのファッションは、オーダーメードや一点ものばかりを扱う…つまりインドネシアの森英恵であり、芦田ジュンであるわけです。だから使う素材だってシルクばかり。値段だってかなりのものです。金のシルクも展示されました。以前から金糸は京都へ輸出されていて、高級な着物や帯になっているのを知っていましたか? ジョグジャの田舎の方で取れる金色の蚕です。NHKでもこの金のロイヤルシルクを特集した事があるのでご覧になった方もいるでしょう。

 さて今回書きたいのは、そのデザイナーのひとりのニタさんのこと。私は彼女のことを十年以上前から知っています。その当時彼女は二十三歳位でジョグジャの古く狭いアパートで生活していました。彼女の旦那さんはプロデューサーとして首都ジャカルタでの単身赴任。当時彼女が「私、洋服作りたいの」と言って、モード雑誌を見ていたのを覚えています。しかしそのときは現地によくある「洋服縫います」という、いわゆる仕立て屋さんという意味だと思って聞いていました。旦那さんがいないので時間もあるし、お小遣い稼ぎにもなるからそういうことをやるつもりなのかな、ぐらいに思い、しかもそのこともすぐに忘れてしまいました。

 何年かしてファッションショーをするという話を聞きました。見に行って驚いたのは、彼女がもうデザイナーとしての地位を確立しつつあったということです。わずか4年ほどです。彼女の仕事をサポートするために、旦那さんももうジョグジャに戻って手伝っていました。
 その頃の彼女からは、とても生き生きと希望に燃えているのがよく伝わってきました。夢をもっているということはそれだけで、これほどの気迫と光を放つものだというのを改めて感じました。夢をただ遠くに見ているうちは、以前のアパート時代のように夢を語られてもあまり印象に残っていなくて、聞いている人はその夢を誤解していたりもするわけです。しかしもう夢を生き始めていると、本人自体が眩しいので「この人はやるな」と信頼できるし、その語りにも「具体的なビジョン」があるので、聞いていても何を考えているのかが非常によくわかるんです。聞きながらイメージが浮かんでくるので印象に残るわけです。これはすごく大事なことです。

 今では彼女独特のオーガンジーバティックを使ったファッションが確立されましたが、アパートの時代からわずか十三年位です。ものすごいスピードです。どの雑誌でも彼女のファッションは取り上げられているし、ショーをするという話はすぐ記事になるし、ミスユニバースのインドネシア代表のドレスは彼女のデザインだし、海外から指名で公演衣装のオーダーもくるようになりました。今回のショーを見に来たデザイナーのイナバ ヨシエさんや日本のデパートが今度一緒に仕事をしませんか?と彼女にアプローチしていたのも嬉しいことです。

 さて、東京で彼女たちを連れてとあるお寺へ行ったときのこと。メンバーは彼女と旦那さん、ショーの演出家、インテリアデザイナーの4人でした。旦那さんはどっしり構えた明るいタイプ。演出家は楽しく、あれもこれもと興味を示すタイプ。インテリアデザイナーの人だけはとても暗く、何を見ても一言否定的なことを言うタイプでした。ベジタリアンの彼は食べ物にも卵は入ってないか? と、とても神経質です。小雨が降ってきて皆で傘を買おうとしたときも、僕はいらないと言います。理由は「ずっと使うわけじゃないし」ということで。

 このとき、皆でおみくじを引こうということになりました。まず彼女は吉。そして演出家は小吉。旦那さんは大吉。そうね、こういう奥さんを持ったあなたは大吉かもね、と思っていたら、インテリアデザイナーが凶をひいたではありませんか。やっぱり否定的だからそうやって凶なんてひくんだよねぇ、と思いました。
 その後、皆はお守りに興味を抱き、是非ひとつ欲しいというのです。交通安全、安産、健康、長寿、学業、心願成就、厄除けなどすべてのお札の説明をして「どれがいい?」という問いに、「妊娠7ヶ月の僕たちにはもちろん安産だよ」と、旦那さんが言うのとほぼ同時に「じゃこれがいいわっ!」と「心願成就」を指差す彼女。
 「え?安産が先だろう」
 と旦那さんが驚きます。
 「心願成就よ、ね、いづみ、これがいいわよね?」
 「いや、まずは安産のことを考えなさい」
 と旦那さん。
 「二つ持ってもいいの?」
 と譲らない彼女。
 自分の夢をどうしても叶えたいと考えるのは、叶えたい夢のビジョンがはっきりしているからなわけです。笑いながら心願成就を硬く握り締める彼女。その横で安産お守りを大事そうに受け取る旦那さん。これまた心願成就を買って、早速かばんにつけてニンマリしている演出家。このときインテリアデザイナーはもうとっくに階段を下りて、ひとり違う方向を向いていました。彼はお守り自体見ていないんです。ほんとうにこういうもんなんだなぁ、と心から納得した一日でした。