エイム インドネシア>道端の神々 〜幸運入門〜

16. 悪魔のいる森


 日本のほうがインドネシアよりずっと暑い今日この頃。都会の暑さは39度という体温以上にまでなっているようです。まるでアラブみたいです。
 先日その熱帯の中を歩いていて、私は思い出しました。この暑さどこかに似てる。それはインドネシアの地図左側に縦に大きく位置するスマトラ島でした。このバリフリークにはほとんど出てきませんが、北にはトバ湖など涼しくて美しい観光名所もある島です。真ん中あたりにあるプカンバルという都市がちょうどこのようなムッとした暑さでした。風もなく、町中がサウナのように息苦しいほどの暑さは朝も夜も変わりません。どうしてそんなに暑いかというと、その辺りは石油産出地域で、つまり地下に石油があるわけです。石油が出るためお金のある豊かな場所なので、マレーシアなどからも出稼ぎ者が多く、また違ったインドネシアを見られるところです。東京は今、このプカンバルのように地下を掘ったら石油が出るかと思うほどの暑さで、夜など何度も目覚めてぐっすり眠れない人が多いようです。スマトラやアラブの人たちは一体どうやって眠っているのでしょう。今度そういう規模でのアドバイスが参考になりそうで、なんともグローバルな感じです。

 こんなに暑いと幻を見そうですね。
 そこはインドネシアの森の中。
 もちろん誰もいないような奥深い森です。周りの村人たちから怖がられている森でした。何故なら近くにいる鹿や小動物などがよく盗まれて、その森の中へ消えていくからです。時には走り去る人影のようなものを見たと騒ぎにもなります。その人影は夜にしか活動しないようです。ですから皆はその森を「何かが住んでいる森」と呼んで怖がりました。もちろん子供たちには近づいてはいけない、と教えていました。

 何か生贄のものを捧げないと悪魔? が怒り、犠牲者が出るかもしれない、と村人は果物や野菜、肉を捧げます。翌日にそれらはきれいになくなっています。あ〜やはりいるんだ、悪魔は。と、だれもが納得していました。どんな生き物だろう・・・と皆は想像します。走り去る影を見た人によると、人間のような手足があったと言います。この森を守っている精霊でしょうか。もしかしたら美しい精霊かもしれません。その周りには天使もいたりして。空を飛ぶかもしれません。ファンタジーにもホラーにもなるインドネシアの森の伝説。

 さてその悪魔の正体がわかったとき、本当の正体が何故何十年もの間誰にも気づかれなかったのかもわかりました。実はそれは元日本兵だったんです。

 バリフリークを読んでいる世代の皆さんには、その昔、横井さんや小野田さんという日本兵が戦争が終わってしばらくしてからグアムやサイパンから突然出てきた、というのを知らない人が多いかもしれません。終戦後二十七年が経った一九七二年のある日、日本人観光客がリゾートにいそしんでいたグァム島のジャングルから、突然やせ細った姿で現れた元日本兵の横井さんのニュースは日本中に衝撃を与えました。彼の場合は、普通の洋服屋の従業員が戦地に駆り出され(本当の話)、そのまま島に取り残されてしまった感がありました。

 その二年後、サイパン(ルパング島)で小野田さんという元日本兵がやはり一人戦っていました。この小野田さんは忠実な軍人だったらしく、その証拠に上官の命令がないから出ないと言いきり、当時の上官が駆けつけて戦争が終わったことを伝えてはじめて皆の前に姿を現しました。そのときのきちんと軍服を着て直立不動で敬礼をしながらその命令を聞く姿と、二年前に現れた横井さんの普段着ヨレヨレじいさん抱えられ姿とのギャップに、当時の日本人の誰もが戸惑いを感じました。小野田さんのその様子に、これはただ者じゃないよ、と子供心に私も確信したのを覚えています。今はブラジルで学校をやっているそうですね。

 インドネシアにも日本兵がたくさんいました。そして中には、そのように山などにこもったまま、なかなか外に出てこない日本兵もいたようです。しかしどうしてなかなか気づかれないのか、という理由のひとつに、現地の誰もが「変だと思わない」というものすごいものがあります。さすがインドネシアです。見えない何かの「存在」として誰もが納得してしまう。ここがグァムやサイパンと違うところかもしれません。しかしそれだけそういう現象は、彼らにとったら「ありえない」わけではないのでしょう。不思議なことであっても「ん? どうもおかしいぞ」と首をひねる代わりに、「そういうこともあるでしょう、はい」と、そのまま受け取る鷹揚さ、仏のような心です。悪い人に騙されないことを祈ります。

 そういった大らかに受けいれる気持ちが、数々の不思議な現象をさらに起こさせるようです。そしてそこに長く暮らすことで、以前は「まさか、そんなこと〜」と笑い飛ばしたことも、今では「あ、そうなんですか」と、どんなことでも「ありえる」ことになっていくのです。環境とはすごい力ですね。次回はジャワ島の不思議をお話しましょう。