23. おしごと
もう去年になりますが、バリ島で現地に住んでいる日本人の方対象のワークショップをしました。参加者は女性ばかり。バリ島に行き、そこで生活していくことを決めた女性たち。
皆さんほとんどノーメークなのに艶々な肌しちゃって羨ましい限り(紫外線強いはずなのに)。その上とにかく若い。日本の同世代の人たちもっと疲れてみえますもの。環境の差だけではないのでしょうね。あのまま日本にいたら普通のOLで一生終わっていたかもという人もいるでしょう。
異国で生活をする―――観光や留学の時代には見えてこなかった諸々の側面を経験し、なおかつ仕事を運営させていくというのは並大抵のエネルギーではないはずです。もちろん多大なストレスもあるでしょう。しかしあの元気さは根底に「勇気」があるからだと思いました。
「あのとき思い切って決断して良かった」
「あのときリスクを怖がっていたら、こんな風になれなかった」
やはり勇気って人生において大事ですね。チャレンジ精神というか。思い切った分、必ず神様からご褒美が与えられるような気がします。チャレンジするっていうのは自分の枠を超えていこうとすること。だから勇気のある人はどんどんキャパが広がっていくようです。見てて気持ちいいくらい堂々としていきますものね。
私が会社勤めから足を洗ったきっかけは非常に簡単なことです。
当時原宿にあった会社に勤めていた出勤時の私は、パレフランス一階のカフェを横目に明治通りを歩いていました。そのときそのカフェでゆったりと本を読みながらコーヒーを飲んでいる人が必ず何人かいました。見るたびに「お茶を飲みたいときに飲めていいな」と思いました。それが自分の会社員生活を疑問に思う第一歩でした。つまり時間や予定を自分で自由にコントロールできないと。
次は、仕事帰りに六本木で友達たちと遊んでいたときです。夜も更けてくると「明日があるからそろそろ帰ろう」と、自分を含めての会社勤め人たち。今思えば、若い私たちはそんなたいした仕事もしていません。朝起きられないなんて、ただ仕事がつまらないからです。遊びに行く日は早く起きれたりしますものね。
次にお金の使い方。毎月の給料が決まっているので、どうもその額で一ヶ月間のことを考える癖がありました。たとえ給料日前にスッカラカンで食べられなくても、二十五日にはきちんと入ってくるので良いことのようにみえますが、そのために大きな動きができません。
そして、OLを辞めた最後の大きな理由は「安定さ」でした。どんなに頑張って働いても給料まで安定しています。新入社員の頃、隣の席にいた勤続十年の先輩の給料を聞いて、十年たってもその額ならばこの先だいたいこんな人生か、というのがみえました。
入社試験をパスして研修を経て、晴れて希望の本社配属になったにも関わらず、朝のカフェ、夜の六本木、会社の給料日と、ホップステップジャンプ形式で「人生仕切り直しをしよう」と思いました。
その後の私は、まず仕事後まっすぐ家に帰ったためしなし。ヘトヘトになるまで遊んだものです。五時過ぎに仕事が終わり、車でそのまま友人たちと湘南の海へドライブなんて日々も。また、当時流行りの六本木オカマバーへ連日繰り出すなんてハチャメチャな毎日も展開され、とにかく遊ぶことに貪欲。貯金もせず、次の日がなんだと、もう思いっきり楽しく、忙しい毎日を送りつつ、今後の仕事展開を図っていました。
その後、晴れてフリーになり、希望の給料も得るようになるのですが、その後も思い返して、私、いつもとかく一生懸命なのは「遊ぶこと」ばかりだったような気がします。でもこれが本当に大事なことだったというのは、今になってよくわかります。
自分が心底楽しんでいるときって、とても「自分らしく」いますよね。それに、遊びたいから仕事もさっさとこなし、ダラダラしない。集中力もつきます。そんな毎日の中で、私は「自分の考え方」とか「自分らしさ」とかを固めていったような気がします。そしてありのままの自分で本音で話せる人たちとの良い関係もたくさん築いていきました。つまり自信。
フリーで仕事をするということは、大変なようでも会社員と違って危機回避も予想できるし、ひとつのところからの収入がなくなりそうになれば他のところからの収入を計算していけばいいわけですし、新規開拓コントロールもできるという利点まであります。こうしたらどうなるか、こうなればどうすればいいのかと、常に頭の中で予想ビジョンを浮かべて、発生しそうなものの方法を打ち出していくので、万が一危機を迎えたとしても想定の範囲内(どこかで聞いた言葉ですが)のことであり、突然の会社側勧告よりかなり余裕です。
仕事ってイキイキとやるものだと思いますし「楽しいからやめられない」というスタンスでいたいですよね。バリ島で会った日本人女性たちの自信のある元気さを思い出すたびにそう感じます。
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