|
巷には「ポジティブシンキング」を薦める本が非常に多いです。スムーズに生きるにはグズグズ悩んでいないで前向き思考が幸せをつかむというもの。しかし現実はそれとは裏腹に七人に一人というウツの現代社会です。
ポジティブの反対はネガティブ。この両極の状態は、そのまま「良い・悪い」と思っている人たちもきっと多いことでしょう。私たちはいつからポジティブでいることが素晴らしく、ネガティブでいることを悪い状態と決め付けてしまったのでしょう。そのために不安や恐怖や自信のなさを抑え込んだり隠そうとします。何かで気を紛らわしたりして、それらの感情を忘れてしまおうとさえします。
私のところに相談に来る人たちは普通、人生の道を見失ってしまったときや、突き進んできたけれど疲れてしまったという場合が多いのですが、そういう人たちは決まってまず疲れていて、しかも焦っています。何に焦っているかというと、早く前向きにポジティブにならねばと焦っています。
そもそもセラピー(療法)とは様々な問題の原点は過去にあり、そこにさかのぼって対処していく方法を使うのが一般です。ある人間関係で怯えるために支障がおきて退行催眠をしたとき、祖母から厳しくされてビクビクしている幼児期の光景にバックします。その記憶を再構築すると、現在問題の関係も変化していきます。しかしその中で他の問題が浮上してくることがあります。無意識にあった祖母への怒りや、忙しかった母への恨みなど、彼女は次に新しくその問題を抱えることになります。そしてそれを再度掘り下げます。私がその時代が変わったと強く感じたのは二〇〇一年です。人間の心理や意識に関係するこの仕事は、時代の考え方などにかなり関係のあるものです。だからこの頃からセラピーもセミナーも形を変えてきました。人間の意識が大きく変化したのだと思います。
常にポジティブでいることは結構大変なことだと思いませんか? 相談を受けるにつけ、「ネガティブを排除するのではなく、反対にこれを活かす手はないか」と考えていました。何故ならその方がずっと楽に成功していかれるからです。それが見つかったら究極的な処方かもしれないと、ずっと考えていてやっとわかったんですね。ポジティブにならなければとするから、無理をしてみんな上手くいかないのだと。ネガティブのままで覆す。現在その新しいメソッドをセミナーで展開していっていますが、驚くようにイキイキと軽くなっていく皆さんを目の当たりにしています。
そこで、バリ島の大好きな皆さんはあちこちの寺院で白黒チェックの布を一度は見たことがあると思いますが、あれは二元論のシンボルですね。つまり善悪・ポジティブとネガティブ両方がそこに存在してバランスがとられています。バリ舞踊のバロンなどもそうですね。善と悪が戦いますが勝負はないです。何故なら両方が必要で、それでバランスをとっているからです。そのようにこの世の中は二極で成り立っています。
つまりふたつに分離することで、すべてのものを分けて考え比較してきているわけです。「精神・物質」「楽しい・つまらない」「好き・嫌い」「良い・悪い」「できる・できない」・・・このようにふたつに分けていますね。分けること自体に良い悪いはありません。ただその分離から判断して生まれてきた感情に「ネガティブ感情」があるんです。「嫌い」から生じる〔罪悪感〕や〔嫌悪感〕。「できない」から生じる〔不安〕〔絶望感〕〔怒り〕などです。
そして私達はこのような二極化を自分の中にもしています。「こうなりたい」と思っているのに何故かそうならないとき、それは自分の中に「なりたい」と「なりたくない」の両極があるからです。意外でしょうけど、「なりたい気持ち」と同時に、隠していた「なりたくない気持ち」や「なってはいけないと思ってる気持ち」「なるわけないと信じてる気持ち」「そうそう上手くいくはずがない」など、現実は自分が何を一番信じているかをちゃんと映し出しているはずなんです。ですから現実が動かないときは、自分の中がひとつに統合されていないということなんですね。つまりひとつであったらエネルギーがひとつの方向へ流れるので、現実が変わるのはわかりますね?
前後しますが自分の中の思いが現実を創るということは、最近では物理学の分野からも研究が進んできています。何故物理学の分野かといいますと、意識はエネルギー(波動)だからです。原子陽子中性子、思いも感情もすべて見えない単なるエネルギーです。
何かをしようと考えたときに、「できるかなぁ」という自信のなさや「どうしよう」と不安な感情を感じてしまう場合など、前向きな人ほどそれを抑え込んだり、他の感情になろうと努力したり、気を紛らわしたりしますね? でもそれが間違いなんです。
あら残念、ここで紙面がなくなりましたので、続きはバリフリーク二〇〇六年一号でね。
|