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日本からの機内は満席。皆さん友達同士で楽しそうに過ごしています。しかし私は大抵ひとりで乗りますので、必然的に隣の方もひとりの方ということが多いんです。さて皆さんここで質問です。こういうときあなたの隣に座る人がどういう人だと「ホッと安心した七時間の渡航」になれますか? 若い女性? 若い男性? おばさん? おじさん? ビジネスマン? 日本人? 現地人? ・・・だって席近いですし、窓側の人はトイレも一応断わったりして通ることになりますしね。ですから見ず知らずの隣の人は重大ですよね。
女の人はやはり女の人が隣だと安心するといいますが、これって赤ちゃんとかと同じみたいです。人間の本能なのでしょうか、「女性」に安心感を感じるというのは。これを友人男性に聞いたら「そりゃ若い女の人が隣だといいよ、しかも可愛い子」と、全く違う見解から答えをくれましたが。
さて、あなたはワンルームで一人住まいをしているとします。隣の部屋は中年近くの男性一人住まい。いつも帰宅は遅いらしく、普段は見かけません。会社員でもなさそうです。そんなおじさんが隣にいるということは、女の子一人住まいのあなたにとってはちょっと不安な要素ですよね。女性が来ることもなし。いったいどういうおじさんなのかしら? ちょっとヤバイんじゃない? と勘ぐったところで誰が責められますか? きっとほとんどの女性はそう思いますよね。
ある夜その人が帰宅したとき、あなたはバッタリ出くわします。その人の右手にはバイオリンケースがあります。そのとき、その人と一緒にいた友人男性の手にもバイオリンケースがあります。空いてる窓からクラシック音楽が流れてきて、「今日の指揮者は素晴らしかった」などと話し声が聞こえてきます。そうです。このおじさん、実はオーケストラのバイオリニストだったわけです。そうだったのかと「危ないおじさん」は「安全おじさん」にシフトします。
男性は手に持つもので印象がガラリと変わる、ということをある人が提言していました。「アメリカ大統領が飛行機から出てきたそのとき、もし片手に紙袋をさげていたら政治は変わるだろう」と。確かに男性に紙袋はいけません。スーパーのビニール袋なんていうのももってのほかです。あのような地位の男性はカバンも持ってはいけません。ちなみに小泉首相もカバン抱えてる姿なんてテレビに映ったことがないでしょう? 見せてはいけない姿なわけです。
バイオリニストのおじさんは、「人間、外見が大事」というのを立証しているようで、実はそうではありません。このおじさんは外見はちっとも素敵でない、しかしバイオリンというその小道具に安心感、もしくは人によっては親近感および憧れや尊敬まで寄せてしまう場合もあるからです。こういうのは「人間、小道具も大事」とでもいいましょうか。
日本では男性もバッグを持っています。でもインドネシアを見てください。バリ島でもジョグジャカルタでも、私は男性が何がしかのバッグを持っている姿にほとんど出会ったことがありません。皆さん「手ぶら」です。ジョグジャに住んでいたときも、朝に皆さん出勤しますが、ほとんど手ぶらでした。どうなっているのでしょう。ま、仕事場にすべて置いてあるといえばそれまでですが、それほどまでに彼らは持ち歩くものがないのでしょうか? 小道具なく、生身の自分だけで勝負するインドネシア人はひょっとすると大変立派なのかもしれません。
ですからジョグジャなどでバッグを買おうと店に入っても、大抵期待はずれで終わります。機能性に劣るとか、お洒落に見えないとか、普段には使えないとか、そういうものも多いです。バッグ産業があまり発展しないようです。これってやはり国民の利用度を反映しているものですね。だって作るのはそこの人たちですものね。もちろんバリ島は観光客を対象にしている店が多いので、例外も多いですよ。
こんなことを言ってますが、実は私、バッグ大好きなので、行くと必ず買います。これが判を押したように帰国後使ったためしなし。滞在中に使うからとか、色んな大義名分を掲げては、毎回懲りずにいくつか購入します。バッグに関してはスムーズな衝動買いをします。あちらのバッグは色からしてもおもちゃ要素もあって、なんとなく癒されるんですね。だから眺めて充分役目果たしてくれているんです、私にとっては。そうやって小物とは小道具的要素もさることながら、持つ人にエネルギーを与えるものです。
しかし心理的に分析した場合、その人の持ち物を見ればその人がどう見られたいと思っているかがわかるといいます。つまり「センスあるもの」を持っている人は、「あの人はセンスがいい」と評価されたい。「カワイイ」ものを好きで持っている人は、「カワイイ女性」と見られたい。このように持ち物って、そのまま判断する重要な要素になっているんです。だから気をつけなくては。手ぶらインドネシア人の潔さを学びたいです。
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