旅人、北川あづさのボロブドゥール紀行

1【ボロブドゥールへ】


 ボロブドール遺跡という名前は以前から気になっていた。それは以前何かで読んだある一文が頭から離れなかったからだ。それにはこう書いてあった。
「何かに突き当たり、もう駄目だと思ったとき、ボロブドール遺跡の壁画(レリーフの彫刻)を、下から回廊に沿って左回りに見ていくといい。最上層に至ったとき、必ず心の安らぎが得られるはずだ・・・。」

 私は先日、いよいよそのボロブドールに朝のツアーで行ってみた。ジョグジャカルタの街から1時間半ほどバスに揺られて着いたところは、お土産屋の建ち並ぶ大きな駐車場だった。遺跡は何処にあるのだろう? と歩き始め、ある角を曲がると突然、一直線の道のずっと向こうに、最上層の丸い丘のようなストゥ―パ(仏塔)が現れた。さらに近づいていくと次第に全容を見せてくる。そしてそれはものすごく巨大な大殿堂だったのだ。

 私はレリーフを一つずつ左回りに見て上っていった。するとそこにはジャワの当時の生活ぶりなどが垣間見れて、とても興味深い。ふっくらと描かれているジャワ人の姿はとても愛らしい。
 一番下の側壁は、人間が犯す罪や罰の様子が描かれていた。そして壁画は釈尊の生涯へと続いていく。いろいろな仏典から取り上げられているそれらの絵は、人生を苦しむものに、救いの世界があることを思い出させるようになっている。

 そして第四回廊まで着き、そこから更に上を見上げると、そこにはたくさんの仏陀がきれいに並んで、まっすぐ前を見据えて座っているのが見えた。毅然としたその仏陀たちは朝の霞の中で浮かんで見える。私は思わず背筋を伸ばした。その瞬間、気持ちがすうっと洗われていき、自分の中の人間の汚れたものが消えていくような不思議な感覚になった。

 そして更に何段かの石段を登り、最上層に着いた。さっき見上げた仏陀の横に座って、同じ様にまっすぐ前を見てみた。そこには、遥か彼方まで続く素晴らしい大自然の景色が、目の前いっぱいに広がっていた。この雄大な景色をじっと見つめて彼らは何を想っているのだろう。

 こんなに綺麗な景色が見渡せるのに、ここでは何故か目を閉じてしまう。それはここが礼拝のための遺跡ではなく、瞑想の場のように感じるからかもしれない。

 私は目を閉じてそっと静かに、大自然と仏陀たちの幽玄な世界に入っていった。




2【プランバナン遺跡】


 夜、空港からソロ方面へ車で30分ほど行ったとき、左側に美しい遺跡を見た。下からライトで照らされたその遺跡は、ジョグジャカルタの闇のような夜の中に妖しくまるで浮かんでいるかのように見えた。以前、ある女性が美しい遺跡になった、というような言い伝えを聞いた。そしてそれがそのプランバナン遺跡だと教えてもらい、次の日の昼間に行ってみる事にした。
 昼のそこには、夜には見えなかった数多くの遺跡郡がその周辺にあり、とても広い聖域だということが分かった。中心になっているのが「チャンディ・ロロジョングラン」。ヒンズー教の遺跡なので、古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の物語がレリーフとして描かれており、また、有名なガネーシャやウイッシュヌなどの像もある。これらの像は、東西南北を踏まえ、太陽の光を計算して作られた、という。9世紀当時の人々の信仰の深さがうかがえる。
 そしてここでは満月の夜、ラーマーヤナ舞踊とガムランの生演奏が屋外ステージで見れる。100人程の美しい衣装に包まれた踊り手達で演じられる作品は、見事なものだった。もちろんステージの後ろには、ライトアップされたプランバナン遺跡が妖しく浮かび、そしてちょうどよい配置に満月がぽっかりと光っている。まるで、私達を別の次元へと招待してくれるかのように、すべて見事に計算されているのだった。
 このようにジョグジャカルタには同じ9世紀ごろ、ボロブドールという巨大仏教遺跡と、同じ様に世界の歴史に残るほどのプランバナンというヒンズー遺跡郡を作り上げているのだ。それを建立したのはジャワの「シャレンドラ王朝」といわれている。この王朝は密教を信奉し数多くの芸術文化を残した。

 何のために様々な宗教の遺跡さえも残したのか、というのが未だに疑問でもある。しかしこれだけは言える。それらの宗教遺跡文化に魅かれて世界各国から訪れて来る人たちを、1200年経った今でも優しく包み込んで、そして癒してくれているのだ。

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