15. マダムと呼ばないで
買い物に入った店で「マダム」と呼ばれた。
「こちらの色はいかがですか? マダム」
「大きいサイズもありますよ、マダム」
いや、そりゃ確かに、あたしゃ大きいよ。歳もいってるさ。でも、マダムって言われるとなんだかミョーな気分になる。別の店では「マム」とまで言われた。マムってママってことでしょう? よっぽど「あたしゃあんたを産んだ覚えはないんだけど」って言ってやろうかとも思ったけれど、オトナゲないのでやめておいた。
バリ島に住み始めた頃は知らない人からよく「チッ」と呼ばれた。デパートの化粧品売り場なんか歩いていると、あちこちから
「どうぞ見てってください、チッ」
「新発売の香水ですよ、チッ」
と声をかけられ、「チッ、チッってうるさいなぁ」と思っていたものだ。「チッ」っていうのは舌打ちの「チッ」ぢゃなくって、ここでは中国系の女の人の敬称になる。私は華僑に間違えられていたらしい。日本人の目から見るとアメリカ人とイギリス人の区別がほとんどつかないように、こっちの人の目にも日本人と中国人の区別がつかない。いや、日本人の私の目から見ても「この人は日本人だろうか? それとも中国人なのかな?」という時があるくらいだからして、日本人が中国人に間違えられてもしかたないことなんだろう。現に、私はシンガポールでタクシー待ちをしている時に道を尋ねられたことがある。華僑人口のとても多いシンガポールでさえ華僑に間違われたってことだ。それも一回だけぢゃない。たった1泊か2泊の間に何度も別の人から道を訊かれたのだ。私ってそんなに地元に馴染んでるんだろうか?
「チッ」と呼ばれていた頃は、「私は中国人ぢゃないもんっ」と内心あまり良い気がしていなかった。けれど、「マダム」や「マム」よりはまだマシだ。「チッ」は「おねえさん」という意味で、比較的若い人に使う場合が多いようだから。「マダム」なんて呼ばれるのは、押しも押されぬおばさんになった証拠だろう(嗚呼)。
そりゃあね、あの頃よりも軽く20kgは太ってますよ。ええ、太ってますとも。腰回りにもた〜〜っぷりお肉がついて、誰がどう見たっておばさん体型ですよ。私にだって自分がおばさんだという自覚は充分ある。けど、「マダム」ってどうよ?
インドネシア語では、年配の女性やお母さんのことを「イブ」という。アダムとイブのイブではない。「イ」より「ブ」の方が音が上がるのだ。もちろん私も「イブ」と呼ばれることが多い。けれど不思議なことに、「イブ」と呼ばれてもイヤな気がぜんぜんしない。素直に「はい、なんですか?」と返事ができる。おなじ年配の女性の敬称であるにもかかわらず、なんで「マダム」や「マム」だとムカついて、「イブ」だと平気なんだろう? その辺の女心はビミョーすぎて、自分でもよくわからない。「マダム」という言葉に「有閑マダム」とか「お金持ちのマダム」とかいう既成概念があるからかもしれない。有閑でもお金持ちでもないのに「マダム」と呼ばれることに抵抗があるのかな? とも思う。細かいことを気にしないバリでの生活にすっかり慣れているはずなのに、あたしゃまたなんでこんなに細かいことを気にしているんだろう? これだけはどうしても「てぃだあぱ〜」と笑い飛ばせない自分がいる。
*「H.I.S.バリフリーク」2008年4号掲載 |
Profile

田尾たんぼ:神奈川県生まれ、東京育ち。1992年9月インドネシア共和国国立ガジャマダ大学(ジョグジャカルタ)に語学留学。1993年12月ジョグジャからバリ島に移住。旅行会社、免税店、アクティビティ会社勤務を経て、1998年独立起業。日本語印刷物、ホームページ等の制作会社TAO代表。本誌編集責任者。著書に「バリ島極楽チャンプル」「バリごはん バリ島極楽チャンプル2」(共にソニー・マガジンズ)。海外書き人クラブ会員。
WEBサイト「極楽たんぼ」
http://www.taotam.com
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今月のオススメ本

「私の遺言 」
佐藤愛子 著
新潮文庫
¥ 500 (税込)
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今月のお言葉
おばさんにはおばさんのこだわりがある。いくつになっても女心はビミョーなものだ。
*Tidak Apa Apa = ティダ アパ アパ/なんでもない、大丈夫などの意味で煩瑣に使われるインドネシア語。口語では略して「ティダ アパぁ〜」と言うことも多い。 |