16. 思考回路の止まる瞬間(とき)
バリ島ではエアコンを掃除する時、電気屋さんを呼んでやってもらうのが普通だ。自分でもできるんだろうけど、人件費の安さからクリーニング代も安くて済む。だったら自分でやるよりいいし、点検もしてもらえるので一石二鳥ってことなのだ。
というわけで、先日、電気屋さんを呼んでエアコンのクリーニングをしてもらうことになった。この時、注意しておかなくてはいけないことがある。それは「勝手に使われたくないタオルやぞうきん、足拭きマットなどは見えないところに片付けておくこと」だ。彼らはそこにあるものはなんでも使っていいものだと思っているから、なんの断りも遠慮もなしにどんどん使う。うっかりおろしたてのタオルを見えるところに掛けっぱなしにしておいたら、床にはねた水を拭くぞうきん代わりに使われたこともある。しかも絞りもせず、びしょびしょのまま床に放置して帰っていった。彼らにはタオルとぞうきんの区別がつかない。台拭きとぞうきんの区別もない。そんな細かいことにはこだわらない、おおらかな暮らしをしているのだからして……。
けれど、世界一キレイ好きといわれる日本人にしてみたら、これはとんでもないことだ。私はかなりのずぼらものだけど、それにしても最初にこんな光景を見た時は、なにがおこっているのか理解できずに一瞬思考回路が止まったくらいだ。人は自分の理解を越えたものをまのあたりにした時、瞬間的に思考回路が止まり、頭の中が真っ白になるということを、私はこの島に来てから初めて知った。
最近はタオルや足拭きマットをぞうきん代わりに使われる前に、本物のぞうきんを渡すようにしているから、こういう事故(?)もほとんどないけれど、日本人としての私の感覚はどうしても「仕事で使うものくらい自分で持って来なさいよ」と言いたくてうずうずしてしまう。そんな時は「言ってもしょうがないことは言わぬが花」と自分にいいきかせるようにしているのだけれど、この間はまた新たな事件勃発で思考回路がぴたりと止まってしまったのだ。
寝室のエアコンのクリーニングをしている最中に、電気屋のおにいちゃんの携帯が鳴った。と、仕事の手を休めて誰かとぺちゃくちゃしゃべり始めるおにいちゃん。その時私はリビングにいたのだけれど、アシスタントのおねえちゃんがおにいちゃんに指示されて小さな紙になにかを書きつけているのが見えた。どうやら、電話の主になにかを頼まれているらしい。それを忘れないように書きつけていたのだ。ふと見ると、おねえちゃんの使っているのは私が机の上に置いておいたボールペンぢゃないか。……ま、ボールペンくらい貸してあげるよ。いいよ、いいよ、使いなよ。と、太っ腹(?)なところを見せていたのだけれど、彼らが帰った後、寝室にある仕事机に向かった時、レシートの切れ端を発見してしまった私。それもただのレシートぢゃない。仕事で使うレシートが、こともあろうに半分ちぎられてなくなっている。なにこれ? ここでまた思考回路が停止した。そして数秒後、さっき小さな紙になにかを書きつけていたおねえちゃんの姿を思い出した。そうだ! あの紙! あれはこのレシートをちぎったものだったんだ! ……気がついた時にはすでに遅く、取材がてらに食事に行った店のレシートは無惨な姿になっていた。これでもうメニュー名と金額がわからなくなってしまった。おねえちゃんにはただの紙切れだったかもしれないけれど、私には仕事で使う大事な資料だったのだ。おおらかなのもほどほどにしてほしい。てぃ、てぃだあぱぁ〜……ぢゃないゾ(涙)。
*「H.I.S.バリフリーク」2008年5号掲載 |
Profile

田尾たんぼ:神奈川県生まれ、東京育ち。1992年9月インドネシア共和国国立ガジャマダ大学(ジョグジャカルタ)に語学留学。1993年12月ジョグジャからバリ島に移住。旅行会社、免税店、アクティビティ会社勤務を経て、1998年独立起業。日本語印刷物、ホームページ等の制作会社TAO代表。本誌編集責任者。著書に「バリ島極楽チャンプル」「バリごはん バリ島極楽チャンプル2」(共にソニー・マガジンズ)。海外書き人クラブ会員。
WEBサイト「極楽たんぼ」
http://www.taotam.com
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*Tidak Apa Apa = ティダ アパ アパ/なんでもない、大丈夫などの意味で煩瑣に使われるインドネシア語。口語では略して「ティダ アパぁ〜」と言うことも多い。 |